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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)4227号 判決

大阪市東区北久太郞町二丁目五番地

原告

又一株式会社

右代表者代表取締役

村田季雄

右訴訟代理人弁護士

長野潔

東京都千代田区霞ケ關一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

犬養健

右指定代理人

河津圭一

今井文雄

友広日出夫

右当事者間の昭和二六年(ワ)第四二二七号売掛代金請求事件につき当裁判所は昭和二十九年三月八日終結した口頭弁論に基づき次の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三百七十四万六千百五十五円及び内金百二十六万九千九百二十円に対する昭和二十六年四月五日から、内金百六十六万八千九百八十五円に対する同年同月十九日から、内金八十万七千二百五十円に対する同年同月二十一日から各完済に至るまで金百円につき一日金二銭六厘の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、予備的に「被告は原告に対し金三百七十四万六千百五十五円及びこれに対する昭和二十七年四月十九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、

原告会社はせん維製品等の販売を目的とする株式会社で、現に東京都中央区日本橋堀留町一の三杉村ビルに東京支店を設け、主として関東方面における販売業務を取扱わせているものであるが、

第一

一、(一)東京地方裁判所厚生部は同裁判所の事実上の部局にして、東京地方裁判所においては、これに「東京地方裁判所厚生部」なる名称のもとに、同裁判所庁舎の一階に同裁判所総務課厚生係の表札を掲げた部屋を使用させ、同裁判所の職員(同裁判所総務課厚生部の職員)を配置し、同裁判所職員のための物品の購入配給等の事務を取扱わせており、昭和二十五年頃から現在までは、主任として同裁判所二級事務官天野徳重を配置して、右事務を担当させ、裁判用紙や東京地方裁判所の庁印の使用も認め右厚生部が業者に物品の注文をする場合には、通常裁判用紙を使用し「東地裁総厚第 号」の記号を附した発註書を発行交付し、又その代金支払については、東京地方裁判所の庁印と天野主任の印を押捺した支払証明書を業者に発行交付しており、右厚生部は、事実上、東京地方裁判所の機構の一部をなし、結局東京地方裁判所そのものに外ならない。

(二)(い)右厚生部は昭和二十六年一月中旬原告会社東京支店に対しせん維製品の買付の申込をし、その買受条件は現品は庭先渡し代金支払は六十日後払の支払証明書を以てする等であつたので原告会社東京支店ではこの申込を承諾し、代金額はその都度折衝することとし、同年二月一日右厚生部の注文により原告会社東京支店は別紙計算書記載(1)乃至(6)のとおりフラノ地その他のせん維製品につき売買契約を締結の上、即日納品し、右厚生部は手続上同年同月三日裁判用紙を使用した東地裁総厚第七号発註書(甲第一号証の一)並に総代金百四十一万八千六百七十円の内金百二十六万九千九百二十円につき、裁判用紙を使用してこれを同年四月五日までに支払う旨記載し、これに東京地方裁判所の庁印と天野主任の印を押捺した支払証明書(甲第一号証の二)を発行、原告会社東京支店に交付して、同日までに右金百二十六万九千九百二十円を支払うことを約し、

(ろ)次いで右厚生部の同年二月六日附の東地裁総厚第八号発註書(甲第二号証の一)による発註に基き、原告会社東京支店はフラノ地十六反を別紙計算書記載(7)(8)(10)(11)のとおり納入し、更に同年三月上旬右厚生部の発註に応じて原告会社名古屋支店が売買契約を締結したサージ十反五〇八米を原告会社東京支店に振替え、東京支店の取引として、東京支店から別紙計算書記載(9)のとおり納品し、この合計代金は金二百四十七万六千二百三十五円となるところ、その支払につき右厚生部は原告会社東京支店に対し同年二月二十七日概算払として金百七十五万六千三百円を同年四月十九日までに支払う旨の前同様の支払証明書(甲第二号証の二)を発行交付し同日までにこれを支払うことを約したが、残額については同年四月二十一日までにこれを支払う旨約したのみで、支払証明書は発行されなかつた。

(三) よつて原告会社東京支店は右厚生部に対し、前記(二)の(い)記載の金百二十六万九千九百二十円及び(ろ)記載の金二百四十七万六千二百三十五円につき各支払期日に支払方を請求したところ、右厚生部はこれが支払の一ケ月延期方を申し入れ、同年四月二十一日原告会社東京支店は各支払期日より金利金百円につき一日金二銭六厘、代金完済時完了の約定で各支払期日を一ケ月延期することを承諾すると共に前記(二)の(ろ)記載の概算払の支払証明書を別紙計算書記載の(7)乃至(9)の代金額金百六十六万八千九百八十五円に限定し、右厚生部はこれを同年五月十九日までに支払う旨を約し、前同様の支払証明書(甲第二号証の三、但しこれは裁判所用紙を使用せず)を発行交付し、(この支払証明書の金額は、実際には、納入されなかつたギャバジン一反の代金金六万八千九百八十七円十六銭が誤つて加算された結果、金百七十三万七千九百七十二円十六銭となつているので、このギャバジン一反の代金を控除する)又前記(二)の(い)記載の金百二十六万九千九百二十円については、特に同年四月二十六日これを同年五月十日までに支払うこととし、右厚生部はその旨の前同様の支払証明書(甲第一号証の三)を発行交付した。

(四) しかるに右厚生部は全くその支払をしない。既述のように右厚生部はその内部的法律関係はともあれ、外部に対しては東京地方裁判所そのものに外ならないから、被告は原告に対し、売買代金として前記(二)の(い)記載の金百二十六万九千九百二十円、(ろ)記載の金二百四十七万六千二百三十五円、合計金三百七十四万六千百五十五円及び内金百二十六万九千九百三十円に対する昭和二十六年四月五日から、内金百六十六万八千九百八十五円に対する同年同月十九日から、内金八十万七千二百五十円に対する同年同月二十一日から完済に至るまで金百円につき一日金二銭六厘の割合による利息及び遅延損害金を支払うべき義務があるから、その支払を求める。

二、かりに右厚生部が東京地方裁判所の部局でないとしても、右厚生部に対し、東京地方裁判所はその名義及び部屋を使用させ、現職の職員を配置し、用紙、庁印の使用を少くとも黙認していたのであるから、この事実の存する以上は、東京地方裁判所は右厚生部のする取引について、責任を負う旨を外部に対して表示したものに外ならず、原告会社東京支店がこの表示を信頼し右厚生部は東京地方裁判所の部局にして同裁判所そのものであると信じたのは全く当然というべく、かかる誤信のもとに原告会社東京支店は右厚生部と前記のように取引をしたのであるから被告は右厚生部のした取引についてその責を負わなければならない。よつて被告は原告に対し前記売買代金及びこれに対する利息及び遅延損害金を支払うべき義務があるから、その支払を求める。

第二、かりに右請求が理由がないとしても各地方裁判所の司法行政事務を行うのは、裁判官会議の議により地方裁判所長がこれを総括し、又各地方裁判所には事務局をおき、事務局長を配して庶務を掌らしめ(裁判所法第二十九条、第三十条、第五十九条)事務局長は裁判官会議の委任により又は当然の権限として裁判官会議及び地方裁判所長を補佐し事務の遂行をすることになつているから、この裁判官会議、所長及び事務局長の三者は合一的包括的に各地方裁判所の司法行政に関する代表機関というべきところ、東京地方裁判所のこれ等代表機関は、右厚生部に東京地方裁判所の名義及び部屋を使用させ、現職の職員を配置し、しかもその監督をゆるがせにし、同人等の裁判用紙庁印の使用を黙認し又はこれ等の保管義務を怠つて、これ等を盗用された結果原告会社は、かかる事実がなかつたとすれば、右厚生部を東京地方裁判所そのものと誤認することなく、従つて右厚生部と取引する筈もなかつたのに、右厚生部を東京地方裁判所そのものと誤信し、右厚生部と取引し前記のように物品を納入するに至り、右厚生部は全く財産なく本件以外にも他に多額の債務を負担し、原告会社は、納入物品の代金の内前記金三百七十四万六千百五十五円の支払を受けることができず、同額の損害を蒙つたのであるから、右代表機関は故意過失によつて、職員の監督、建物、用紙、庁印等の保管において、その義務に違背し以て原告に損害を加えたものにして、民法第四十四条の適用少くともその準用により被告は原告に対し右損害の賠償をなすべき義務がある。かりに、代表機関に関する上述の理論が容れられないとしても、東京地方裁判所の所長、各裁判官及び事務局長は少くとも被告の被用者であるから、その不法行為による損害については民法第七百十五条の規定により、被告は原告に対しその損害を賠償すべき義務がある。よつて、被告は原告に対しよ三百七十四万六千百五十五円及びこれに対する本件訴状訂正書が被告に送達された日の後である昭和二十七年四月十九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、予備的にその支払を求める。

よつて本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

被告の主張事実に対し、東京地方裁判所が契約による債務を負担するには、法令上、その契約は負担行為担当者によつてなされることを要し、その支払は予算の裏付を必要とし、且つ支出官の振出す小切手によつて行わなければならないことになつており、本件取引がかかる正規の手続によつていないことは認めるが、原告会社東京支店の係員はかかる正規の手続を知らなかつたのである。官庁に物品を納入した経験のない者が、その納入手続を知らないことは当然であり、東京地方裁判所の建物内において、同裁判所の現職の職員が裁判用紙や庁印を使用して、発註書や支払証明書を発行し、しかもこの発註書、支払証明書等の手続が極めて公式化された、凡そ世間の取引とかけはなれていることに鑑みれば、原告会社東京支店の係員がこれを以て、東京地方裁判所の納品手続と考えたとしても、これを非離することはできない、従つて原告会社が右のような正規の手続を知らなかつたことを以て、厚生部を東京地方裁判所そのものと誤信したことにつき、原告会社に過失があるというべきではない。世間の一般取引における注意義務は公務員に要求されるが如き注意義務よりもはるかに低くてよい筈である。かりにこの点において原告会社に過失があるとしても、このことは請求原因第二の東京地方裁判所の従つて被告の不法行為の成立を否定するものではなく、内部規律違反の所為であつても、それが第三者に損害を与えるにおいては、不法行為を構成することは疑ない。そうして被告に対しその不法行為責任を問う本件の場合において、所謂過失相殺として原告会社のかような軽微な過失を酌することは合理的ではない。

と附陳し、

立証として甲第一号証の一乃至三、第二号証の一乃至三、第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一乃至四、第六号証の一乃至三、第七号証の一、二第八号証、第九号証の一、二第十号証、第十一号証の一、二を提出し、甲第九号証の一二は原告会社会計係の第十号証は原告会社東京支店内地部長の各作成にかかるものであると述べ、証人鬼沢末松、同川名清、同寺村義一、同後藤寛、同天野徳重同半野三千雄、同池田清次郎、同竹田宇之松の各証言を援用した。

被告指定代理人は

原告会社がせん維製品等の販売を目的とする株式会社で、現に原告主張のように東京支店を設け、主として関東方面における販売義務を取扱わせていることは認める。

請求原因第一の一の事実中、(一)の中、東京地方裁判所厚生部が「東京地方裁判所厚生部」という名称を使用し、東京地方裁判所の建物の一階に、同裁判所総務課厚生係の表札を掲げた部屋を使用して、同裁判所職員のための物品の購入配給等の事務を取扱つていたこと、同裁判所総務課厚生部の職員が右厚生部の事務にたずさわつていたこと、昭和二十五年頃から現在までの間主任として同裁判所二級事務官天野徳重がその事務担当者であつたこと、(二)の(い)の事実、(二)の(ろ)の事実中、右厚生部が原告会社東京支店に対しフラノ地を発註したこと並に原告主張のような支払証明書を発行し、これを原告会社東京支店に交付したこと、(三)の事実中、(二)の(い)記載の金百二十六万九千九百二十円について、昭和二十六年四月二十六日原告主張のような支払証明書を発行し、原告会社東京支店に交付し、その支払を約したことは認めるが、その余の請求原因第一の一の事実はすべて否認する。東京地方裁判所厚生部なるものは、内部的には勿論のこと外部に対しても東京地方裁判所とは別個の存在である。即ち、昭和十八年頃から東京地方裁判所の予審係や公判部の職員の間では相互の福利厚生をはかるために、有志の者が野菜芋等の生活必需物資を他から入手して職員に配分した上、代金を集めて仕入先に後払する方法がとられていたのであるが、有志の者の負担がかさむので適当な職員に有志の者の仕事を代行させて欲しいという要望が高まつてきた。そこで裁判所では昭和二十二年初頃裁判所書記天野徳重他二、三名の者を庶務係第二分室の名称のもとに陪審宿舎二階の一室に移し、事実上有志の者に代つて、職員間の福利厚生活動に専従させることにした。これが本件厚生部の発端であり、実体であつて「厚生部」なる名称は天野等が右の活動をしている間に自然発生的に名づけられたものである。その後昭和二十二年五月東京刑事、東京民事各地方裁判所が合体して東京地方裁判所となつてからも、厚生部は民事関係職員の互助会と併立してその活動を続けてきたところ、同二十三年八月下級裁判所事務処理規則によつて総務課厚生係がおかれ同年十二月天野が厚生係長を命ぜられ、厚生部の仕事に従事していた他の職員が厚生係を命ぜられ、東京地方裁判所の事務として国の資金及び施設によつて職員の福利厚生をはかることになつたが、予算その他の関係殊に厚生部と互助会が併立して各福利厚生活動をしていた事情もあつて、同裁判所の事務としての厚生係の業務は具体化せず、天野等は従前どおり厚生部の活動に専念してきた。当初厚生部の取扱予定物資は煙草、酒、罐詰、靴等の政府職員特配物資を主とし、なお野菜、芋等の生活必需物資が含まれていたのである。しかるにこの間に厚生部は当初の予定範囲を逸脱してせん維品のような危険を伴う多額の取引をするようになつた次第であるがその全活動期間を通じて、裁判官会議常置委員会等の裁判所の行政機関に対して何等の報告がなされたこともなくこれらの機関から厚生部に対して何らの指示がなされたこともない。又裁判所が物を買入れる等契約による債務を負担するには、法令上その契約は負担行為担当者によつてなされその代金の支払は予算の裏付を必要としかつ支出官の振出す小切手によつて行われ収納は出納官吏によつてなされるものであるが、厚生部はこの面でも全く裁判所と切りはなされ、その取引及び経理は厚生部限りで処理され、裁判所とは全く無関係に終始しているのである。従つて厚生部の取引による責任を負うべきものは極めて分明を欠くけれども、厚生部の活動を以て、官庁としての東京地方裁判所の事務又は事業とみることはできない。東京地方裁判所は天野等に同裁判所の官庁事務としてかかる厚生活動を行わせたものではないし、又同裁判所の名において厚生物資の買入、販売をする権限を与えたこともないのである。

請求原因第一の二の事実に対し、東京地方裁判所が右厚生部に対し裁判所用紙や庁印の使用を黙認したこともなく、そうして同裁判所が右厚生部に対し東京地方裁判所厚生部の名称の使用を黙認し、部室を使用させ、かつ現職の職員を配置したからといつて、唯それだけの事実によつては、裁判所の場合、官庁の機構上一般の人の場合とは全く事情を異にし、東京地方裁判所が契約による債務を負担するには法令上、その契約は負担行為担当者によつてなされることを要し、その代金支払は予算の裏付を必要とし、かつ支出官の振出す小切手によつて行わなければならない定めになつているのであるから、東京地方裁判所が、第三者に対し、右厚生部が同裁判所のために取引をする権限を有し、右厚生部のする取引について責任を負う旨を表示したことになる筋合はなく、もし原告会社において右厚生部がかかる権限を有するものと誤信して厚生部と取引したとすれば、それは全く原告会社の過失という外はない。

従つて厚生部のした取引による債務を被告が負担すべき理由がないから、請求原因第一に基く原告の請求は失当である。

請求原因第二の事実に対し、右のような東京地方裁判所の行為によつて厚生部が同裁判所の一部局であるかの如き外観を呈したとしても同裁判所のこの行為が建物、用紙、庁印の管理等に関する内部規律に違反するものとして非難さるべきものであるかどうかは別論として、裁判所の取引方法は前述のとおり法令上一定されているのであるから、原告会社が東京地方裁判所と取引するのであれば、当然負担行為担当者と契約を締結して、物品を納入しなければならないのであつて、原告会社が右厚生部を東京地方裁判所の権限ある取引機関と誤信して取引を行いそのために損害を蒙つたとすれば、それは一に原告会社の過失によるというべく、東京地方裁判所の前記行為とは何等関係のないことであるから、被告に損害賠償義務はない。

よつて原告の本訴請求はすべて理由がないから、棄却さるべきである。

と述べ、

甲各号証に対し、甲第一号証の一乃至三、第二号証の一、二、第四号証の二につき、これ等がいずれも天野徳重が作成した文書であること及び天野の肩書の「東京地方裁判所厚生部」の字影が同厚生部のゴム印によるものであること並に甲第一号証の二、三、第二号証の二の「東京地方裁判所之印」なる印影が東京地方裁判所の印影であることは認めるが、この東京地方裁判所の印影は、権限なくして恣に押捺顕出されたものである。甲第二号証の三につき、天野徳重名下の印影が同人の印影であること及び「東京地方裁判所之印」なる印影が東京地方裁判所の印影であることは認めるが、甲第二号証の三が天野徳重の作成にかかわるものであるかどうかは知らない。又右東京地方裁判所の印影は権限なくして恣に押捺顕出されたものである。甲第三号証につき「東京地方裁判所厚生部」の字影が同厚生部備付のゴム印によるものであることは認めるが同号証が真正に成立したことは否認する。甲第四号証の一が真正に成立したかどうかは知らない。その余の甲各号証が真正に成立したことはすべて認めると述べた。

理由

第一、原告会社がせん維製品等の販売等を目的とする株式会社で現に東京都中央区日本橋堀留一の三杉村ビルに東京支店を設け、主として関東方面における販売業務を取扱わせているものであること、東京地方裁判所厚生部が「東京地方裁判所厚生部」という名称を使用し、東京地方裁判所の建物の一階に、同裁判所総務課厚生係の表札を掲げた部室を使用して、同裁判所職員のための物品の購入配給等の事務を取扱つていたこと、同裁判所総務課厚生係の職員が右厚生部の事務にたずさわり、昭和二十五年頃から現在までの間主任として同裁判所二級事務官天野徳重がその事務担当者であつたことは当事者間に争いがない。そうして、

一、右厚生部が昭和二十六年一月中旬原告会社東京支店に対しせん維製品の買付の申込をし、その買受条件は現品は庭先渡し、代金支払は六十日後払の支払証明書を以てする等であつたので、原告会社東京支店ではこの申込を承諾し、代金額はその都度折衝することとし、同年二月一日右厚生部の註文により原告会社東京支店は別紙計算書記載(1)乃至(6)のとおりフラノ地その他せん維製品につき売買契約を締結の上、即日納品し、右厚生部は手続上同年同月三日裁判用紙を使用した東地裁総厚第七号発註書(甲第一号証の一)並に総代金百四十一万八千六百七十円の内金百二十六万九千九百二十円につき裁判用紙を使用して、これを同年四月五日までに支払う旨記載し、これに東京地方裁判所の庁印と天野主任の印を押捺した支払証明書(甲第一号証の二)を発行、原告会社東京支店に交付して、同日までに右金百二十六万九千九百二十円を支払うことを約したことは当事者間に争いなく

二、天野徳重の作成した文書であること当事者間に争いのない甲十二号証の一、二、成立に争いのない甲第六号証の一、第九号証の一、二、証人寺村義一、同後藤寛、同天野徳重の各証言によれば、右厚生部が同年二月六日附の東地裁総厚第八号発註書を以て、原告会社東京支店に対し、フラノ地十七反を発註し、その代金の概算払として同年同月二十七日金百七十五万六千三百円を同年四月十九日までにその支払う旨の前同様の支払証明書を発行交付し、同日までに支払を約し、右発註に基き、原告会社東京支店が、天野徳重の委嘱により右厚生部のため物品購入の仲介斡旋をなし原告会社とのこれらの取引についても、その仲介斡旋に当つた後藤寛を介してフラノ地十六反を別紙計算書記載(7)(8)(10)(11)のとおり右厚生部に納入したことを認めることができる。

三、しかし原告主張のサージ十反の取引については、成立に争いのない甲第七号証の一、二と証人寺村義一の証言によると原告会社東京支店が同会社名古屋支店から送つてきたサージ十反五〇八米を同年三月三十日頃後藤寛に引渡したことが認められ、証人半野三千雄の証言並に証人天野徳重の証言により同人が作成したと認められる甲第二号証の三、第三号証と成立に争いのない甲第九号証の一、二によると、甲第二号証の三や第三号証に記載された金額中には数額上右サージ十反の代金が包含され、天野徳重が厚生部に右サージ十反の代金支払債務のあることを認めていたような趣旨の記載のある書面を作成して原告会社東京支店に交付したことが認められるけれども、甲第二号証や第三号証記載の金額中には原告も自認しているように、実際には納入されなかつたギャバジン一反の代金が誤つて算入されていること右サージ十反については厚生部名義の発註書が発行されなかつたこと、甲第二号証の三の支払証明書に「但シ東地裁総厚第八号発註ニヨルモノ」という記載のある事実を考え合せると、この点に関する証人後藤寛、同天野徳重の各証言を遽かに排斥し難く、未だ原告の主張する右サージ十反につき原告会社名古屋支店が厚生部と売買契約を締結し、これを原告会社東京支店に振替え、東京支店の取引として、厚生部に納品したという事実はこれを認めるに足らず、その他原告の全立証を以てしても、これを認めることができない。

よつて前記一及び二の二回の取引について、被告の責任の有無を原告の主張するところに従い以下順次検討することとする。

第二、

一、まず原告は右厚生部は東京地方裁判所の事実上の部局にしてその内部的法律関係はともあれ、外部に対しては東京地方裁判所そのものに外ならないから、被告に代金支払義務があると主張するけれども、東京地方裁判所において、本件の如き服地について、国の支出の原因となる購入契約(支出負担行為)をする場合には、会計法令上、配賦された予算に基き最高裁判所長官から、支出負担行為について、委任を受けた所謂支出負担行為担当官(裁判所会計事務規程によれば、本件当時、東京地方裁判所会計課長)がこれをなし、原則としてその名義を以て契約書を作成し、これに記名、押印することを要し、その代金の支払は最高裁判所長官から支出について委任を受けた支出官(前記規定によれば本件当時東京地方裁判所長)の振出す日本銀行を支払人とする小切手を以てすることになつているところ、証人鬼沢末松、同天野徳重同川名清の各証言と弁論の全趣旨によれば戦時中から東京刑事地方裁判所職員の間では、相互の福利厚生をはかるため、有志の者が生活必需物資を他から入手して職員に配分した上、金員を集めて仕入先に支払うことをやつていたのであるが、煩瑣なため、職員の希望により、同裁判所では比較的閑な職員をして、庶務係分室という名称のもとに、同裁判所職員のため右のような福利厚生活動に専従させることとし、その結果この福利厚生活動は、別にこれに関する規約が定められたようなことはなかつたが、右専従職員によつて一応組織化されて恒常的に運営されるに至り、これを誰言うとなく自然発生的に一般に「厚生部」という名称を以て呼称するようになつたこと、天野徳重は昭和二十一年頃から右厚生部の事務を担当することになつたのであるが、同二十二年五月東京刑事東京民事各地方裁判所が合体して東京地方裁判所となつた後も右厚生部は民事関係職員間に、以前からあつた同種の組織である互助会と併立して活動を続けてきたところ、同二十三年八月下級裁判所事務処理規則の施行に併い東京地方裁判所総務課に厚生係がおかれることになつたので、同裁判所では天野等右厚生部の事業にたずさわつている職員をそのまま厚生係にあて、同裁判所の事務としての職員の福利厚生に関する事項を分掌させると共に、従前どおり厚生部の事業の担当者として、これを継続処理させ、天野は厚生係の室にあてられた同裁判所本館一階の室において東京地方裁判所厚生部という名義で、他と取引を継続してきたこと、昭和二十四年四月司法協会の設立に伴い前記互助会はこれに吸収されたが、厚生部は帳簿もなく整理ができなかつたため吸収されず、更にその後新な取引がなされた結果、結局吸収されることなく現在に至つたこと、厚生部はその取引に当り発註書や支払証明書という書面を発行交付していたこと並に右書面作成のために会計課から交付を受けた裁判用紙を使用し、又刑事訟廷課にあつた東京地方裁判所の印章を使用押捺したことがあつたが、かかる裁判用紙や印章の使用を東京地方裁判所において黙認した事実はなく、厚生部は文書の授受にしても取引や経理においても東京地方裁判所のそれとは全く関係なく行われてきたことが認められる。従つて東京地方裁判所厚生部なるものは、東京地方裁判所の認めていたところはあつたけれども、司法行政上の官署としての東京地方裁判所の事務を処理するものではなく、同裁判所の職員間においてその福利厚生をはかることを目的とし、唯便宜のため同裁判所の職員をして、その業務を処理させたに止る本来私的なものであつて、同裁判所とは別個の存在であり、事実上においても、同裁判所の機構の一部をなすとはいい難く、まして厚生部主任天野は東京地方裁判所に関し内部的には勿論のこと、外部に対しても国の支出の原因となる行為をなしうる地位にはなかつたことが明白であるから、原告の右主張は理由がないこと明かである。

二、次に原告は東京地方裁判所は厚生部のなす取引について責任を負う旨を外部に対し表示したものに外ならないから、この表示を信頼した原告会社に対して責任を負うべき旨主張するので、この点について考えるに、東京地方裁判所において、天野が厚生部の事務を、同裁判所総務課厚生係にあてた室を使用して処理することを認め、かつ同人が「東京地方裁判所厚生部」という名称のもとに他と取引することを黙認していたことは前記認定のとおりであつて、前記甲第一、第二号証の各一、二成立に争いのない甲第五第六号証の各三、第七号証の二並に証人寺村義一、同池田清次郎、同後藤寛の各証言を綜合すれば従来大阪所在の本丸田株式会社は前記後藤寛を通じて厚生部と取引してきたのであるが、厚生部へも一、二度来て天野とも面識のあつた同会社東京駐在の池田清次郎は、同会社と厚生部との取引代金の未決済額が予想外に多額に上つたので、同会社から原告会社東京支店に売渡し、同支店から厚生部に納入して貰うことを考え、昭和二十六年一月、右後藤と同道の上、原告会社東京支店に赴き、同支店長や同支店において販売事務を担当していた寺村義一等に対し、右の事情を告げ、東京地方裁判所に厚生部というものがあるが、納入手続自体は池田において代行するにつき、原告会社東京支店において、服地を本丸田株式会社から購入してこれを厚生部に納入の上、代金を請求受領することを頼み、代金の差額を、事実上口銭というような意味で原告会社東京支店において取得すべきことを申出た上、後藤を紹介したのであるが、その際後藤や池田から東京地方裁判所厚生部は最高裁判所を始め全国の裁判所の職員のため服類を安価に仕入れてこれ等の裁判所へ配分する仕事をしており、注文は発註書により、購入代金の支払は支払証明書を以てなし、納入先は結局東京地方裁判所であるという話があつた。そこで原告会社東京支店は別段厚生部の実体や官庁の購入手続について調査することもなく、後藤等の言を軽信し、厚生部は東京地方裁判所の一部として取引をするのだと速断してこの取引を承諾し、前記の第一回の取引が行われたこと、その後裁判用紙を使用した右取引に関する発註書、支払証明書(甲第一号証の一、二)が原告会社東京支店に交付され、右支払証明書には東京地方裁判所の印章が押捺され、又同支店では右文書に表示された天野徳重なる者が同裁判所に実在していることを確め、第二回目の取引が行われるに至つたか、その間同年二月下旬、この取引に関する支払証明書の交付を受くべく、寺村義一が厚生部の室に天野を訪ね、厚生部が東京地方裁判所の建物内の室を使用している事実を現認したことが認められるから、東京地方裁判所において天野が厚生部の事務を同裁判所総務課厚生係にあてた室を使用して処理することを認め、かつ同人が「東京地方裁判所厚生部」という名称のもとに他と取引することを黙認したことが一因となつて、原告会社東京支店は前記の如き厚生部の実体を知らず、取引先は東京地方裁判所そのものであり、正規の手続に従つて同裁判所に納入されるものと誤認して取引したということができこれを覆すに足る証拠はない。しかしながら厚生部のような職員会において、相互の福利厚生をはかる組織は、その名称はともかく、戦時中から戦後にかけて、物資不足の折柄、屡々みられた現象であるから裁判所においても類似の組織の存することは想像に難くなく、本件取引はその内容上裁判所本来の目的とは直接関係なく、専ら全く個人の自由な使用処分に委せらるべき服地類を職員が容易に安価に入手しうることを目的としてなされたと考えらるべきものであつて、その職員を対象とするにせよ、東京地方裁判所において、かかる目的を以て、服地類のような物資につき、国に代金支払債務を生ずべき購入契約をしかも反覆継続的に締結するが如きは極めて異常にして、到底考え難いところといわねばならないし、なおかつ東京地方裁判所等官庁における物品購入の手続は前記のとおり会計法令によつて一定し、厚生部の取引はこれと相異し、しかも本件取引に際してはその当初に後藤等から厚生部は東京地方裁判所だけでなく、全国の裁判所の職員のため、服類を安価に仕入れて、これを配分する仕事をしていることやその購入代金の支払は支払証明書という官庁における正規の手続とは異るものを以てすること等が原告会社東京支店に明言されていたのであるから官庁という特殊なものに関する本件の場合、取引の手続、内容の両方から考えると、東京地方裁判所において、天野が厚生部の事務を同裁判所総務課厚生係にあてた室を使用して処理することを認め、かつ同人が「東京地方裁判所厚生部」という名称のもとに取引することを黙認していたこと、(東京地方裁判所が天野に対し裁判用紙や同裁判所の印章の使用を黙認した事実は、前記のとおりこれを認め得ない。厚生部の職員が裁判用紙や同裁判所の庁印を使用したことは、後記のおり同裁判所におけるこれらの職員に対する監督や庁印の保管に欠けるところがあつた結果といい得ようが、それだからといつて、これを以て原告主張の如き表示行為の一内容をなすものとはいえない。)から、ただちに原告会社東京支店に対し、本件のような取引について厚生部が東京地方裁判所において国に代金支払義務を生ずべき物品購入事務を担当し、厚生部のした取引について国が責任を負うべき旨の信頼するに足る表示があつたと解することはできない。従つて第三者が厚生部を、東京地方裁判所における国の取引機関と誤認したとすれば、それはその者の不注意に基因するものという外はなく、請求原因第一の二の主張も理由がないといわねばならない。

三、よつて請求原因第二の不法行為の主張について判断する。東京地方裁判所において天野が厚生部の事務を同裁判所総務課厚生係にあてた室を使用して処理することを認め、かつ同人が「東京地方裁判所厚生部」という名称のもとに他と取引することを黙認したことが一因となつて原告会社東京支店が厚生部の実体を知らず取引先を東京地方裁判所と誤認して本件取引をなしたこと、殊に第二回目の取引については、第一回目の取引に関する発註書や支払証明書が裁判用紙を以て作成され、後者に東京地方裁判所の庁印が押捺されていたことが右誤認を著しく強めた事実は前に認定したところから明かであり、厚生部の事務処理に当る職員がかような庁印や裁判用紙を使用したことは、同裁判所におけるこれ等の職員に対する監督や庁印の保管に欠けるところがあつた結果ということができ、これを覆すに足る証拠はない。しかしこれ等の点につき東京地方裁判所の裁判官会議同裁判所長、同裁判所裁判官、同裁判所事務局長に責めらるべき職務違背があるかどうかは国の内部関係における問題であつて、これ等の者に、厚生部と取引する第三者が厚生部を同裁判所における国の取引機関と誤認して取引するに至るべきことを認識していた事実(故意)はこれを認むべきもない。又東京地方裁判所において天野が厚生部の事務を裁判所総務課厚生係にあてた室を使用して処理することを認め、かつ同人が「東京地方裁判所厚生部」という名称のもとに他と取引することを黙認しても、ただそれだけでは、本件のような取引について、厚生部と取引をする第三者をして右のような誤認を惹起せしめるに足るものではなく、第三者がかかる誤認を犯したとすればその不注意に基因するものという外ないこと前段説明のとおりであつて、東京地方裁判所の裁判官会議、同裁判所長、同裁判所裁判官、同裁判所事務局長において、厚生部の取引にあたり、厚生部の職員が同裁判所の庁印や裁判用紙を使用することを予見し得べかりしことはこれを認めるに足る証明がないから、これ等の者が、前記の如く原告会社東京支店が厚生部を東京地方裁判所における国の取引機関と誤認して本件取引をするに至るべきことを認識しなかつたことに過失があるとはいい難く、原告の全立証によるも過失を断定すべき事実を認めることができない。従つてこれ等の者が故意過失によつて原告会社を錯誤に陥らしめたということはできないから、これ等の者が裁判所の司法行政に関して被告国の代表機関であるが又被告国の被用者であるかを論ずるまでもなく、原告の請求原因第二の主張も、亦理由がない。

第三、

然らば原告の本訴請求はすべて失当としてこれを棄却すべく訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第十八部

裁判長裁判官 福島逸雄

裁判官 古原勇雄

裁判官 園田治

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